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思ひで(8)雨のドライブ

ハロウィン・パーティでの
ゴスペル・クラブの成功のあと、

あたしは、
新しいバンドでうまく歌えない事を
ずっと悩み続けていた。

ギリさんは当時(現在もだが)たくさんのバンドを
掛け持ちしていて、とても忙しい人だった。

あたしは自分の事に精一杯で、

「ああ。この間、やさしい言葉をかけてくれた人」
くらいの認識しかなかった。

そして、年の瀬もおしせまった頃
スタジオ フレックスで
年末のアコースティック・パーティが
開催されることになった。

アコースティック・パーティとは、
スタジオを利用しているバンドの人たちが、
1バンド30分くらいずつ
演奏していくのである。

ギターを弾いていたTさんが
「なんか、やりたい曲あったら、弾いてあげるよ」
と、言ってくれた。

実はその時にとても気に入っていたのが

竹内まりやさんの
雨のドライブ」と
待っているわ

という曲があった。

カラオケでもたくさんの楽曲がある
竹内まりやさんだが、

大好きなこの2曲は
カラオケで歌う事ができなかった。


できるならぜひこの2曲をしたい!

Tさんに言ってみると、二つ返事でOKだった。

そして、ピアノも誘うと言ってくれて
来てくれたのが、
これ
ギリさんだったのだ。

話を聞いてみると、
Tさんとギリさんは学生時代からの付き合いで、
一緒に活動していた事もあったのだそうだ。

あたしは大好きだった2曲が歌えることが
ものすごく嬉しかった。

この曲は、
家で、CDにあわせて歌う事ぐらいしか
できないと思っていたのだから。

音源テープを二人に渡し、
2回ほどしか練習しなかったけれど
とても気持ちよく歌えた。

そしてパーティ当日を迎えた。

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思ひで(7)運命の(?)出会い

D先生に新しいバンドに誘われた。
あたしにとって初めてのバンド体験。

普通は、バンド体験をし、
そして仕事をしていく・・・
という形なのだろうが
あたしの場合は、それを逆流した形だ。

バンド経験がない、
その事が心の奥でひっかかっていた。

仕事はちぐささんと一緒にしていたものの
あたしは中身のない人形のようなものだ。

また、コーラスパートと聞き、
あたしは二つ返事でバンド参加をOKした。

ドラム、ベース、ピアノ、キーボード、ギター
ボーカル、そしてコーラス。

曲調はポップス、バンドメンバーは
プロに近い人たちばかりで、演奏は申し分ない。

殆どがあたしより年上で、
ここで、あたしはまた、わからなくなった。

どのように接していいか
わからなかったのである。

まず、音楽用語が全くわからないあたしは
皆が何を話しているのか、理解できなかった。

そして、そんなあたしに更なる追い討ちが。


リードヴォーカルの人が辞めてしまったのである。

メンバーの皆は新たなリードヴォーカルを探すまで
私が、リードヴォーカルを歌え、というのだ。

臆病なあたしは一旦断わるものの、
結局、断わりきれず歌う事になる。

それからは、いつもひとり悩んでいた。
「どうして、うまく歌えないんだろう」

ポップスで、難しい曲じゃないはずなのに
どうもしっくりこない。
いい感じに歌えない。

一番乗りしたスタジオで、
ぽつんと椅子に座り、ブルーになっていた。


その時、年上の男性が入ってきて、
話しかけてくれた。

知らない人だったので、
どうしてそんな話をする事になったか、
覚えていない。


「このバンドで歌うのは大変だよね。」
そんな風に話しかけてくれたのだったと思う。

「自分が未熟だから、うまく歌えないのだと思う」
というと、

その人は

「そんなことないよ。できあがった楽器の中に
新しくヴォーカルが入っていくことは、とても大変だよ。」
と、いってくれた。

「がんばってね。」
そういって、その人は出て行った。

「なんて、やさしい人なんだ。」
つらかったあたしには、本当に嬉しい言葉だった。

そう、現在のPORT OF CALLのピアノ
ギリさんと初めてかわした会話。


ギリさんとあたしとの出会いはこの時だった。

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思ひで(6)スタジオの空気

英会話学校の10人ほどの生徒達が
ゴスペル・クラブを続けるかどうか考えた。

本気で歌を始めたい集団ではない。
あくまで、英語勉強の延長線上にあったものだ。

しかし、生徒はオフィス街で働くOL達。
スタジオ代を払う事にそれ程の抵抗もない。

せっかく練習してきたものを無駄にしたくない

そして私達は音楽スタジオFLEX(フレックス)
通うことになった。

秋も深まり、そろそろクリスマスの鈴の音が
聞こえてくる頃だった。

ネオンサインのついた細い階段をのぼって
重い扉を開けると

D先生はバンドの録音作業をしていた。

防音された小さな部屋でドラムを叩く。

部屋の外にミキサーで音を調節している人。

今まで見たこともない装置や
タバコの煙り。

自らを表現する欲求に満ち溢れた人達

考えてみれば、
その人たちも、それぞれ職を持ち、
趣味として音楽をしているのだから
そんなに違いがあったわけでは
なかったのかもしれないが

今まで私が知り合ってきた人たちとは
醸し出す空気が違う、と思った。

それから私たちとD先生は
ゴスペル練習を
スタジオフレックスで続ける事になった。

フレックスで開催される
ハロウウィン・ライヴパーティーに
ゴスペル・クラブも参加し、
初舞台もふんだ。

時期を同じくして、私はD先生から
もうひとつ誘いを受けた。

「僕がドラムで参加しているバンドが
あるんだけど、コーラスが辞めてしまうので、
一度やってみないか?」

次回に続く・・・・・

<音楽スタジオ FLEX>
http://www2.odn.ne.jp/flex-oniten/index.html

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思ひで(5)ゴスペル・クラブ

今や、「ゴスペル」といえば、無数にあり
キリスト教徒でない日本人も
体を揺らして、素晴らしいハーモニーを奏でる。

声の共鳴による気持ちよさは
私もとてもよくわかる。

メロディもカッコいいものが多いし、
単純に楽しい!

とにかく声を出すというのは
とてもストレスを発散することだと思う。


初めてのコンサート体験から、
ちぐささんは、あたしをたくさん使ってくれた。

ちぐささんのコーラスといえば、
このあたし!くらいに。

シティホテルの最上階のラウンジでの仕事や
オーケストラとのコンサートでの仕事、
新地の高級会員制クラブでの仕事・・。


覚悟のないアマチャンなあたしに、
たくさんの経験をさせてれた。

相変わらず英会話学校にも通っていた。

英会話学校の先生は
色んなタイプの先生がいて、その中に

本業はドラマー、
という黒人の「D先生」という人がいた。


とても、明るくて、陽気なD先生は

英会話学校内で、
「ゴスペル・クラブ」を作ろう!と言いだした。

教室に通っている生徒の中で、
音楽が好きな有志が10人ほど集まった。

あたしがちぐささんの弟子(?)になった事は
英会話学校では、皆知っていたので

当然D先生から


「ヒトミも参加ね。」と
有無を言わさずのゴスペル・クラブ入り。

その当時、まだ今ほど
ゴスペルはメジャーでなかったので
あたしもどんなもんだろう、と楽しく参加した。

英会話学校内で、レッスンの後などに
ゴスペル練習をする。
もちろん、無料だ。

歌いながら英語を習う、
ということだけでも、なんてお得なクラブだろう!

練習を重ね、
メンバーもだんだんと本気になりだした頃


D先生が突然。。。

「皆、ゴメンナサイ。
僕はこの学校を辞める事になってしまいました。
だから、ゴスペル・クラブは続けられない・・・・」

と言い出したのだ!!

D先生がいなければ、ゴスペル・クラブも解散だ。

「せっかく、皆、やる気になっていたのに・・・」

私たちはがっかりした。

すると、

「本当に皆がやる気があれば、の話だけれど
僕は、ドラマーなので、大阪市内の馴染みの
スタジオで、よく練習をしている。


皆が、そこまで来るのなら、
そこでゴスペル・クラブを続けよう!
ただ、そうなると、スタジオ代などでお金もかかる。
皆はどうする?」

  次号に続く・・・

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思ひで(4)白い世界

人生の中で、緊張する瞬間というのは
どういう時だろう。

例えば、高校や大学の入試や
就職の際の面接試験。
好きな人に想いを伝える瞬間。
結婚の際に親御さんに挨拶に行く日。

たくさんの人生のなかに、
緊張する瞬間がある。

自分にとっては緊張する事も、
他の人には
全く緊張に値しない事だってある。

人前で歌うこと・・・・
あたしにとっては、とても緊張を伴う。
それは今もあまり変わっていない。

そして、初めてそれを体験した日は
今とは、比べものにならないくらい
ひどいものだった。

初めて、コンサート(ライヴ)というものを
体験したのは
ちぐささんのコンサートで
コーラスをさせてもらった時だ。

小さな開場だったが、
それでも100人以上の人の前で
うたう事は初めてだった。

カーペンターズの
「Top Of  The  World」など数曲で
コーラスパートはとても簡単なものだった。

きっと、初心者のあたしのために
難しいメロディはさけてくれたのだと思う。

練習はスムーズに進み、当日本番を迎えた。

メインはもちろんちぐささん、
皆あたしを見ている訳ではない。

しかし、ステージにあがり、
真っ直ぐお客様を見た瞬間

足が・・・ガクガク、ガクガク震える。
止めようと思っても、止まらない!

唇が乾く。

心臓の音がバクバク体中を駆け巡り
その音が皆に聞こえるんではないか
と思った。

音楽が始まる。

ああ、もうすぐあたしのコーラスするパートだ。

声がでない!どうしよう!

足の震えは相変わらず止まらない。

あれ、なんだか地面が斜めに傾いていないか?

客席は真っ暗なはずなのに・・・・・

目の前が真っ白になった。。。。。


それから何が起きたか、
ほとんど覚えていない。


終わって舞台からはける時、
足が震えてうまく歩けなかった事は
覚えている。

例えて言うなら「明日のジョー」が
リングで真っ白になったような感じ。

しかし、燃え尽きた訳ではない。

極度の緊張で、
真っ白な世界にトリップしたのだ。

後で、人に聞いて、
一応コーラスパートを歌ってはいたが、
音程はそれは恐ろしいものだったらしい・・・。

「初体験」というものは、
ガチガチになってしまうものなのかもしれない(笑)

今、思い出しても冷や汗ものだ。

しかし、人間には「慣れる」という習性もある。

「慣れ」はあまりいい言葉では使われないが
慣れることにより、現在は、ここまでの緊張は
やってこない。

既にかなりの年月を生きているが
これから先、緊張によってまた

「白い世界」へトリップすることがあるのだろうか。

経験自体はそら恐ろしいものではあるが

人生そうそうあるものではないから

もう1回くらい体験してみてもよいかもしれない。

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